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2005.03.06

満中陰の法要

 数えで99歳にて亡くなった祖母の満中陰の法要がいとなまれた。
 しかし,満中陰という言葉を耳にするものの,その意味は,よくわからなかった。
 調べてみると,仏教には「四有」という考え方があり,それぞれ「生有」(人が生まれる事),「本有」(生まれてから死ぬまでの間),「死有」(人が死ぬ事),「中有」[中陰](死んでから次の生に向かうまでの間)というそうだ。「中有」にあたるのが49日であるとのこと。
 亡くなった方は,49日間六道(一切の衆生が善悪の因果によって転生する世界で,地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人道・天道からなるとのこと)輪廻の間をさ迷い49日目に次の運命が決まるとされているようだ。「忌」明けは,死者の六道輪廻が終了し六道の何処かに生まれ変わることを意味し,忌の汚れが除かれたことを祝う行事とのことである。
 故人のために追善供養がなされるのであるが,追善供養の意味もよく知らなかった。その意は,生きている人が,故人のために冥福を祈る等により善行を積み,その功徳が,故人が成仏等の際の資(たす)けになるとのことのようだ。言ってみれば,亡くなった方の善行に,更に生きている人が善行をもってプラスアルファする事のようだ。
 仏教に関する言葉或いは風習は,周りに未だ沢山残されているがその意味等は殆ど分からない。生活に根付いたものであることを考えると,少なくとも基礎的な考え方ぐらいは,少なくとも知識として身につける必要があることを実感する。
 今日は,天気予報等によれば雪もあるかと思われたが,思っていたより暖かかった。故人の功徳がなせる技か。
合掌

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