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2006.01.29

最高裁判所判例 平成18年01月24日 第三小法廷判決 平成17年(受)第541号 損害賠償請求事件

判例 平成18年01月24日 第三小法廷判決 平成17年(受)第541号 損害賠償請求事件
要旨:
1 特許庁職員の過失により特許権を目的とする質権を取得することができなかったことによる損害の額
2 特許庁職員の過失により特許権を目的とする質権を取得することができなかったことを理由とする国家賠償請求事件において損害額の立証が困難であったとしても民訴法248条により相当な損害額が認定されなければならないとされた事例

内容:  件名 損害賠償請求事件 (最高裁判所 平成17年(受)第541号 平成18年01月24日 第三小法廷判決 破棄差戻し)
 原審 東京高等裁判所 (平成15年(ネ)第3895号、4132号)

主    文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
         

理    由

 上告代理人宮原守男ほかの上告受理申立て理由第1及び第2について
 1 原審の確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
 (1) A社(以下「A社」という。)は,橋梁土木工事等を目的とする会社であり,平成6年12月14日,発明の名称を「鉄筋組立用の支持部材並びにこれを用いた橋梁の施工方法」とする発明(以下「本件発明」という。)について特許出願をした。同出願に係る特許は,平成8年10月3日,特許番号第2568987号として,設定登録がされた(以下,この特許権を「本件特許権」という。)。
 本件発明は,橋梁を構成する床版を作るために用いる鉄筋組立体の支持部材及びこの支持部材を用いた橋梁の施工方法に関するものであり,従来の床版が橋台上に渡された橋桁の上で枠組内に鉄筋を組み込むという方法を採り,高所での危険な作業を伴っていたことから,橋桁上での作業を極力少なくし,鉄筋の組立作業を簡単に行うことができるようにした鉄筋組立用の支持部材を提供し,この支持部材を用いた橋梁の施工方法を提供するものである。
 (2) A社は,平成8年3月26日,本件発明を構成する技術の一部を用いたFS床版工法を発表した。同工法は,翌日以降発行の多数の新聞に取り上げられ,また,同月末ころから2週間余の間に多数の企業等からA社に対して同工法についての照会や資料請求があった。
 (3) 上告人は,平成7年4月25日にA社との間でA社が手形交換所の取引停止処分を受けたときには当然に期限の利益を喪失する旨の信用金庫取引約定を締結していたが,平成9年8月19日,A社に対し,証書貸付けの方法で,弁済期を平成13年1月5日,利息を年3.875%,損害金を年14.5%とする約定で,3億6000万円を貸し付け(以下,この貸付けに係る債権を「本件債権」という。),平成9年9月1日,これを担保するため,A社から,本件特許権を目的とする質権(以下「本件質権」という。)の設定を受けた。
 上告人は,同月2日,A社の単独申請承諾書を添付して,特許庁長官に本件質権の設定登録(以下「本件質権設定登録」という。)を申請し,同月3日,受付番号第3185号として受け付けられたが,後記(6)のとおり,同年12月1日まで,その登録がされなかった。
 (4) A社は,本件質権の設定に先立つ平成9年8月31日,本件特許権をB社(以下「B社」という。)に譲渡しており,B社は,同年9月12日,A社の単独申請承諾書を添付して,特許庁長官に本件特許権の移転登録(以下「本件特許権移転登録」という。)を申請し,同月16日,受付番号第3330号として受け付けられ,同年11月17日,特許登録原簿の甲区欄にその登録がされた。
 (5) B社は,平成9年11月,C社(以下「C社」という。)に対し,本件特許権及び本件発明の関連発明である�@発明の名称を「床版縁切り装置及び床版縁切り工法」とする特許権(特許番号第2683604号),�A発明の名称を「橋桁,橋桁構成体及び橋桁の施工方法」とする特許出願(平成8年特許願第315624号)に係る特許を受ける権利,�B発明の名称を「橋桁用の床版躯体と床版施工法」とする工法(フープラップ工法。特許出願予定)に係る特許を受ける権利を代金4億円で譲渡した。B社とC社は,本件特許権及び上記�@の特許権につき,特許庁長官に特許権の移転登録を申請し,平成9年11月27日,受付番号第4295号,第4296号として受け付けられ,平成10年2月23日,特許登録原簿の甲区欄にその登録がされた。
 (6) 本件質権設定登録については,平成9年12月1日,登録年月日をさかのぼって同年11月17日付けで特許登録原簿の丁区欄に順位1番でその登録がされたが,その後,職権により,次の更正登録がされた。
 ア 職権更正
    原因 平成9年12月1日 遺漏発見
    質権の設定登録の追加更正
    登録年月日 平成9年12月1日
 イ 職権更正
    原因 平成10年5月15日 遺漏発見
    順位1番に登録すべき職権更正登録の追加更正
    登録年月日 平成10年5月15日
 (7) C社は,平成10年5月,上告人に対して本件質権設定登録の抹消登録手続を求める訴えを提起し,東京地方裁判所は,同年7月24日,C社の請求を認容する旨の判決を言い渡し,同判決は確定した。そして,本件質権設定登録は,同年10月8日,抹消された。
 (8) C社は,A社らと共に本件特許権の事業化に取り組み,FTS床版(FS床版と同一)の技術説明書を作成し,平成10年4月にはスーパーMSG床版という商品名でパンフレットを作成し,その販売営業に鋭意努力した。しかし,同商品は,価格,強度,工期短縮等の点において他の在来工法を用いた類似商品等と比べて市場競争力がないことが判明し,また,本件特許権について,他社からライセンス契約締結等の正式の引き合いもなかったことから,C社は,本件特許権の事業化は採算が合わないものと判断して,これを断念した。そして,C社は,平成12年10月3日までに本件特許権の第5年分の特許料の支払をしなかったため,本件特許権は消滅し,平成13年5月14日,その設定登録が抹消された。
 (9) A社は,平成10年3月23日,2度目の不渡りを出し,銀行取引停止処分を受け,事実上倒産した。これにより,A社は,本件債権につき,期限の利益を喪失した。
 (10) B社は,平成10年11月ころ,事実上倒産した。なお,C社は,B社の倒産前に本件特許権等の譲渡代金4億円のうち3億5000万円を支払っており,残金5000万円の代金債務については,B社の倒産後に,B社に対する資材の売掛代金債権及び手形債権と相殺した。
 2 本件は,上告人が,特許庁の担当職員の過失により本件質権設定登録が受付の順序に従ってされず,本件質権の効力が生じなかったために,本件債権の回収をすることができなくなって損害を被ったと主張して,被上告人に対し,国家賠償法1条1項に基づき,3億3000万円の損害賠償を求めるものである。
 被上告人は,本件質権設定登録が本件特許権移転登録に後れてされたことにつき,特許庁の担当職員に過失があったことは争わないが,本件特許権は経済的に無価値であったから上告人には損害の発生がないと主張して,上告人の請求を争うほか,過失相殺及び消滅時効を主張している。
 3 原審は,前記事実関係の下で,次のとおり判断し,上告人の請求を棄却すべきものとした。
 本件質権設定登録がされていた場合,C社が本件特許権を譲り受けたか,また,B社が本件特許権の譲渡を図ったかについて,いずれも疑問が残る。また,本件質権設定登録がされた状態で本件特許権の譲渡契約の締結が具体的に検討された場合,C社,B社及び上告人の間で,譲渡代金のうち相当額を上告人に支払う旨の合意が成立するに至ったと断定するだけの根拠もない。そうすると,本件質権設定登録がされていた場合,本件特許権等についての譲渡契約が前記1(5)の譲渡契約と同様に成立し,本件質権設定登録を抹消するために上告人に相当額が交付されるに至ったものとは認定し難いといわざるを得ないから,本件質権設定登録が本件特許権移転登録に先立ち正しくされていたとしても,上告人が本件質権に基づき本件債権の弁済を受けることが可能であったともいい難い。したがって,本件においては,特許庁の担当職員の過失により上告人に現実に損害が発生したものとは認めることができない。
 4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 (1) 特許権の移転及び特許権を目的とする質権の設定は,特許庁に備える特許原簿に登録するものとされ(特許法27条1項1号,3号),かつ,相続その他の一般承継による特許権の移転を除き,登録しなければその効力を生じないものとされ(同法98条1項1号,3号),これらの登録は,原則として,登録権利者及び登録義務者の共同申請,登録義務者の単独申請承諾書を添付した登録権利者の申請等に基づいて行われることとされている(特許登録令15条,18条,19条)。したがって,特許権者甲が,その債権者乙に対して甲の有する特許権を目的とする質権を設定する旨の契約を締結し,これと相前後して第三者丙に対して当該特許権を移転する旨の契約を締結した場合において,乙に対する質権設定登録の申請が先に受け付けられ,その後丙に対する特許権移転登録の申請が受け付けられたときでも,丙に対する特許権移転登録が先にされれば,質権の効力が生ずる前に当該特許権が丙に移転されていたことになるから,もはや乙に対する質権設定登録をすることはできず,結局,当該質権の効力は生じないこととなる。このため,申請による登録は,受付の順序に従ってしなければならないものとされており(同令37条1項),特許庁の担当職員がこの定めに反して受付の順序に従わず,後に受付のされた丙に対する特許権移転登録手続を先にしたために,先に受付のされた乙に対する質権設定登録をすることができなくなった場合には,乙は,特許庁の担当職員の過失により,本来有効に取得することのできた質権を取得することができなかったものであるから,これによって被った損害について,国家賠償を求めることができる。
 前記事実関係によれば,上告人は,平成9年9月1日,A社から本件質権の設定を受け,同月2日,特許庁長官に本件質権設定登録を申請し,同月3日,これが受け付けられたにもかかわらず,この受付に後れて申請及び受付がされた本件特許権移転登録が先にされたため,本件質権の効力が生じなかったというのであるから,上告人は,特許庁の担当職員の過失により,本来有効に取得することのできた本件質権を取得することができなかったものであることが明らかである。
 (2) 特許庁の担当職員の過失により特許権を目的とする質権を取得することができなかった場合,これによる損害額は,特段の事情のない限り,その被担保債権が履行遅滞に陥ったころ,当該質権を実行することによって回収することができたはずの債権額というべきである。
 前記事実関係に照らせば,本件債権は,A社が銀行取引停止処分を受けて期限の利益を喪失した平成10年3月23日の時点で履行遅滞に陥ったものと認められ,しかも上記特段の事情はうかがわれないから,そのころ,本件質権を実行することによって回収することのできたはずの本件債権の債権額が本件質権を取得することができなかったことによる損害額というべきである。そして,本件質権には,これに優先する担保権は存在しないから,結局,平成10年3月ころの本件特許権の適正な価額から回収費用を控除した金額(それが本件債権の債権額を上回れば同債権額)が,本件質権を取得することができなかったことによる損害額となる。
 (3) そこで,平成10年3月ころの本件特許権の適正な価額について検討する。
 特許権の適正な価額は,損害額算定の基準時における特許権を活用した事業収益の見込みに基づいて算定されるべきものであるところ,前記事実関係によれば,�@A社が,平成8年3月,特許出願中の本件特許権を構成する技術の一部を用いたFS床版工法を発表したところ,多数の新聞に取り上げられ,多数の企業等から同工法についての照会や資料請求があったこと,�AA社から本件特許権の譲渡を受けたB社は,平成9年11月,C社に対し,本件特許権等を代金4億円で譲渡したこと,�BC社は,A社らと共に本件特許権の事業化に取り組み,平成10年4月,スーパーMSG床版という商品名でパンフレットを作成し,その販売営業に努力したこと,�CC社は,本件特許権の事業化の障害となる本件質権設定登録を抹消するため,同年5月,上告人に対し,その抹消登録手続を求める訴えを提起し,同年7月,勝訴判決を得て,同年10月,その目的を達したこと,�DC社は,最終的には,本件特許権の事業化は採算が合わないものと判断してこれを断念し,平成12年10月までに本件特許権の第5年分の特許料の支払をしなかったため,本件特許権が消滅したが,それまでは同事業化の努力をしていたことなどが明らかである。
 以上に照らすと,本件特許権は,最終的にはC社による事業化に成功せず,平成12年10月に消滅するに至ったというのであるが,本件債権が履行遅滞に陥った平成10年3月ころには,事業収益を生み出す見込みのある発明として相応の経済的評価ができるものであったということができ,本件質権の実行によって本件債権について相応の回収が見込まれたものというべきである。
 (4) 以上によれば,上告人には特許庁の担当職員の過失により本件質権を取得することができなかったことにより損害が発生したというべきであるから,その損害額が認定されなければならず,仮に損害額の立証が極めて困難であったとしても,民訴法248条により,口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づいて,相当な損害額が認定されなければならない。ところが,原審は,上記(3)�@〜�Dのような事実が明らかであるにもかかわらず,本件特許権について本件質権設定登録がされていた場合に,本件特許権等についての譲渡契約が前記1(5)の譲渡契約と同様に成立し,本件質権設定登録を抹消するために上告人に相当額が交付されるに至ったものとは認定し難いとして,本件質権を取得することができなかったことによる損害の発生を否定したのであるから,原審の上記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は,上記の趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,本件については,損害額の認定等につき更に審理を尽くさせる必要があるから,本件を原審に差し戻すこととする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 上田豊三 裁判官 濱田邦夫 裁判官 藤田宙靖 裁判官 堀籠幸男)

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