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2006.09.30

最高裁判所平成18年09月14日判決(裁決取消請求事件)

事件番号 平成15(行ヒ)68
事件名 裁決取消請求事件
裁判年月日 平成18年09月14日
法廷名 最高裁判所第一小法廷
裁判種別 判決
結果 破棄自判

原審裁判所名 東京高等裁判所
原審事件番号 平成13(行ケ)401
原審裁判年月日 平成14年12月04日

判示事項
裁判要旨
弁護士に対する業務停止3月の懲戒処分が裁量権の逸脱又は濫用に当たらないとされた事例

主文
原判決を破棄する。
被上告人の請求を棄却する。
訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理由
上告代理人浜辺陽一郎,同上妻英一郎の上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について
1 本件は,第二東京弁護士会所属の弁護士である被上告人が,同弁護士会から業務停止3月の懲戒処分(以下「本件懲戒処分」という。)を受け,弁護士法(平成15年法律第128号による改正前のもの。以下同じ。)59条に基づき上告人に対する審査請求をしたが,審査請求を棄却する裁決(以下「本件裁決」という。)を受けたため,被上告人には懲戒事由がなく,第二東京弁護士会綱紀委員会において弁明の機会を与えられなかったなどの手続的瑕疵もあると主張して,同法62条に基づき,本件裁決の取消しを求めた事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1) 本件建物の明渡合意等
ア本件懲戒処分に係る懲戒請求者であるAは,アメリカ合衆国カリフォルニア州法に基づいて設立された法人であり,同じく懲戒請求者であるBは,同州法に基づいて設立されたリミテッド・パートナーシップである。Cは,Bが株式のすべてを保有する会社であり,A及びBの日本における広告業務等を行っている(以下,これら3者を総称して「A側」という。)。
イDは,Cの代表取締役兼Bの業務執行取締役であり,A及びBの日本における業務について執行権限を有し,日本においてAを代理する権限を有していた。Eは,Bの経理及び営業担当副社長であった。
ウAは,平成4年9月以降,東京都目黒区所在の本件建物をFから賃借し,Cにこれを転貸しており,Cは,本件建物を事務所及びゲストハウスとして使用していた。
エAは,同5年9月20日ころ,Fの代理人であるG弁護士から本件建物賃貸借契約の更新拒絶の通知を受けたため,被上告人にこれに関する交渉等を委任した。
被上告人は,Eから交渉の方針等の連絡を受け,同人に交渉経緯を報告して意思決定を求めた上で,G弁護士との間で,同6年10月31日,FがAに対し,同年12月28日まで明渡しを猶予し,造作買取代金その他の一切の解決金として合計2500万円を3回に分割して支払い(同年10月31日950万円,同年11月30日300万円,明渡しと引換えに1250万円),明渡しと引換えに敷金600万円を返還することなどを内容とする合意を成立させた。
オ平成6年当時,外国為替及び外国貿易管理法(以下「外為法」という。)等による外国送金に関する規制が厳格に運用されており,被上告人は,受領した解決金(第1回分割金)950万円の一括送金ができず,500万円以下の少額に分割して送金するなどしていた。
(2) 明渡しまでの再交渉と第2回分割金300万円の受領に関する連絡ア被上告人は,平成6年11月初旬,Dから,本件建物が売却される疑いがあるとの報告を受けるとともに,本件建物が売却されるのであれば,1億円を要した内装につき造作買取代金の増額を要求するよう求められた。そこで,被上告人は,G弁護士に対し,本件建物の売却についての疑問等を指摘し,造作買取代金の増額を求めたが,G弁護士からは,賃貸人は売却を考えてはおらず,本件建物にはFの子であるHの娘夫婦が入居するものであり,造作買取代金の増額には応じない旨の回答がされ,さらに,賃借人が期間満了前に明け渡すときには365日分の賃料を支払うとの賃貸借契約上の約定に基づき,造作買取代金2500万円から賃料1200万円を控除減額すべき旨の要求を受けるなどした。
イ被上告人は,同月30日,G弁護士及びHと会い,本件建物の売却についてただしたところ,Hの娘夫婦が居住する予定で,本件建物を売却する意向はなく,2500万円は高すぎるなどの回答及び指摘を受けた。また,被上告人は,同日,上記解決金の第2回分割金300万円の小切手を受領した。
被上告人は,同年12月7日,Eに対し,上記経過及び今後も交渉を継続する旨をファクシミリにより連絡したが,上記300万円の受領については報告しなかった。
ウ被上告人は,同月13日にEから第2回分割金につき最新の情報を求められたのに対し,同月21日,第2回分割金が同月26日までに支払われると期待している旨の連絡をした。
エ被上告人は,Dから同7年1月10日までは移転ができないとの連絡を受けたため,同6年12月22日ころ,G弁護士に対しその旨連絡したところ,同弁護士から,年内に明け渡すべきであり,同月28日に説明のためHらを事務所に差し向ける旨などの連絡を受けた。
オ被上告人は,同月28日,ファクシミリで,G弁護士に対し,本件建物の使用者がFの遠縁にすぎず,更新拒絶の正当事由があるというにはほど遠いと考える旨,依頼者が関連会社の賃借建物に移転せざるを得ず,そのため移転先の賃貸人から積増保証金を要求されており,造作買取代金とは別に300万円を同7年1月6日までに支払を受けたく,支払を確認の上,同月10日までに明け渡す旨などを通告し,同書面をDにもファクシミリにより送付した。
被上告人は,同6年12月28日,Eに対し,G弁護士が年末又は遅くとも同7年1月5日までの第2回分割金の支払に同意した旨などを連絡した。
カ被上告人は,Dから,同6年12月28日午前,あて先不明のため本件建物に返送されたHの娘の年賀状に,本件建物に住むが,間もなく夫の海外転勤に同行する旨の記載があったことを伝えられ,また,同7年1月5日,明渡期限につき,同月10日ではなく,同月21日まで延期を求める旨の連絡を受け,同月5日,Hに対し,ファクシミリにより,上記年賀状の内容について説明を求めたい旨及び明渡期限は同月21日の間違いであった旨を連絡し,G弁護士にも同旨の連絡をした。
キ被上告人は,同月6日,東京弁護士会館において,G弁護士及びHと面談し,協議の上,Hに対し,同月14日の明渡しを約するなどし,結果をDに報告した。
ク被上告人は,同月6日,Eに対し,第2回分割金300万円につき,同日小切手で受領した旨の報告をした。
ケ被上告人は,同月13日,第2回分割金300万円の送金手続をし,同金員は同月24日にAに送金された。
コ被上告人は,外国送金に関する外為法の規制の下で,大蔵大臣の許可を要しない少額の金員に仮装して送金しようとしているのではないかとの疑いを抱く銀行の示唆もあって,Aの同意を得ることもないまま,上記のように,受領した金員を間隔を置いて送金していた。
被上告人は,第2回分割金について事実に反する報告をしたのは,上記のような外為法の制約の下で,取扱銀行に不審を抱かれないようにするため,受領の日を偽る意図からであったと主張しているが,Eにも,Dにも,その意図を説明していなかった。
(3) 追加金300万円の受領及び返還
ア被上告人は,平成7年1月6日の前記面談の際,Hから,期限を守ってほしいので,年末に要求のあった積増保証金が必要なら負担するとして,現金300万円の支払を受け,立退料として支払を受けた旨の領収証を同人に交付した。
イ被上告人は,同月9日,Dから,同月10日に引越しを完了する旨連絡を受けた。被上告人は,同月9日,Hに対し,積増保証金は不要となったとして,300万円の返還を申し出たが,同人から,A側から何を言われるか分からないので,1年くらい預かるよう求められ,承諾した。
ウ被上告人は,同月11日にされた本件建物明渡しの後である同月19日,Hに対し,上記300万円を保証金として同8年1月14日まで預かる旨記載した,同7年1月6日付け「預り書」等を渡した。
エ被上告人は,上記300万円を受領した事実等を依頼者に報告せず,その後,被上告人とAとの間で紛争が生じ,Aの委任を受けた弁護士らによる調査がされ,同年11月ころ同金員の受領が問題とされるまで,報告をしないままであった。
オ被上告人は,同年12月1日,Hに対し,上記金員の返還について連絡を求め,同人からのFの預金口座に振り込むべき旨の指示に従い,同8年1月16日,送金手数料を差し引いて,上記金員を送金した。
(4) 懲戒事由
本件懲戒処分の懲戒事由は,依頼者であるA及びB(懲戒請求者ら)に対し,①解決金の一部である第2回分割金300万円を平成6年11月30日に受領していながら,虚偽の報告(いまだ受領していない旨,同7年1月6日になって受領した旨)をしたこと,② 独断で賃借建物の明渡しに関して再交渉し,追加立退料300万円を受領しながら,報告しないで秘匿したことが,弁護士法56条1項所定の「品位を失うべき非行」に当たるというものである。
3 上記事実関係の下において,原判決は,概要次のとおり説示して,本件裁決を取り消した。
(1) 懲戒事由①(第2回分割金についての虚偽報告)について
被上告人は,Eにも,Dにも,その主張に係る前記2(2)コ記載の意図を説明することなく,第2回分割金について事実に反する報告をしたが,被上告人が,外為法上の規制強化に遭遇し,いったん成立した本件建物の明渡合意をめぐる再交渉中のために賃貸人の協力を得難い事情の下で,なお,依頼者に早期に送金しようと努力していたことは明らかであって,上記虚偽報告は,これによる成果の程は明らかでないものの,弁護士倫理が禁圧しようとするものとはおよそ異なるというべきであり,これをもって,弁護士の品位を失うべき非行に当たるということはできない。
(2) 懲戒事由②(独断による再交渉等)について
被上告人が造作買取代金の増額を請求し,本件建物の明渡期限の猶予を求めて交渉したのは,依頼者の依頼に基づくものであり,積増保証金を要求されていることを理由に300万円の支払を求めたことも,賃貸人に対するふっかけ的な要求ではないかと推認されるが,その要求が依頼者の依頼の趣旨に反するとまではいえない。このような被上告人による再交渉は,依頼者からは頼もしく思われ,相手からは手強い交渉の相手と目されることはあっても,弁護士倫理に違反する点は,いささかもうかがうことができない。
被上告人がHから300万円の支払を受け,これについて依頼者に報告せず,依頼者に引き渡すこともなく,その後Hに返還した行為についても,その支払を受けた後に積増保証金の必要がないことを知り,返還を申し出,Hから求められて保管していたのにとどまるなど,本件の事情の下では,弁護士倫理に違反する点は見当たらず,弁護士の品位を失うべき非行に当たるということもできない。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1) 弁護士に対する所属弁護士会及び上告人(以下,両者を含む意味で「弁護士会」という。)による懲戒の制度は,弁護士会の自主性や自律性を重んじ,弁護士会の弁護士に対する指導監督作用の一環として設けられたものである。また,懲戒の可否,程度等の判断においては,懲戒事由の内容,被害の有無や程度,これに対する社会的評価,被処分者に与える影響,弁護士の使命の重要性,職務の社会性等の諸般の事情を総合的に考慮することが必要である。したがって,ある事実関係が「品位を失うべき非行」といった弁護士に対する懲戒事由に該当するかどうか,また,該当するとした場合に懲戒するか否か,懲戒するとしてどのような処分を選択するかについては,弁護士会の合理的な裁量にゆだねられているものと解され,弁護士会の裁量権の行使としての懲戒処分は,全く事実の基礎を欠くか,又は社会通念上著しく妥当性を欠き,裁量権の範囲を超え又は裁量権を濫用してされたと認められる場合に限り,違法となるというべきである。
(2) 弁護士倫理規定(平成2年3月2日日本弁護士連合会臨時総会決議。弁護士職務基本規程(平成16年日本弁護士連合会会規第70号)の施行により平成17年4月1日廃止)は,信義に従い,誠実かつ公正に職務を行うこと(4条),名誉を重んじ,信用を維持するとともに,常に品位を高め教養を深めるように努めること(5条)という基本倫理を掲げた上,依頼者との関係において,良心に従い,依頼者の正当な利益を実現するよう努めなければならないこと(19条),依頼者に対し,事件の経過及びその帰すうに影響を及ぼす事項を必要に応じ報告し,事件の結果を遅滞なく報告しなければならないこと(31条),事件に関する金品の清算及び引渡し並びに預かり品の返還を遅滞なく行わなければならないこと(40条)を宣明している。
上記の事件処理の報告義務は,委任契約から生ずる基本的義務(民法645条)であり,依頼者に対し適切な自己決定の機会を保障するためにその前提となる判断材料を提供するという趣旨で,事件を受任した弁護士が負うべき重要な義務である。また,金品の引渡し等の義務も,委任契約から生ずる基本的な義務である(民法646条)。そうすると,特に依頼者のために預かった金品に関する報告は重要なものというべきである。さらに,依頼事項に関連して相手方や第三者から金品を預かった場合,そのことを依頼者に報告することも報告義務の内容となるというべきである。
(3) 前記事実関係によれば,被上告人は,第2回分割金300万円を平成6年11月30日に受領しながら,その報告をせず,かえって,同年12月13日,Eから最新の情報の報告を求められたにもかかわらず,同月21日及び28日にはいまだ受領していない旨の,また,同7年1月6日には同日小切手で受領した旨の,いずれも事実に反する報告をしたものである。この点に関し,被上告人は,外為法の制約の下で,取扱銀行に不審を抱かれないようにするため,受領の日を偽る意図の下に上記のような報告をした旨主張するが,DにもEにもその意図を説明していない。そして,別文書による報告や電話等による口頭説明を含め,真実の報告をせず,その事情の説明をしなかったことについて,やむを得ない事情があったことはうかかがわれない。
また,追加金300万円については,被上告人は,これを受け取ったこと,これをHに返還しようとしたこと及び同人から頼まれて預かり保管したことを,依頼者に一切報告していない。追加金300万円が,原審の説示するとおり,依頼の趣旨に反しない要求をして受領したものであるとすれば,本来,その受領の事実を報告した上で,返還をすることについて了承を得るべきであるし,相手方から再度預かるよう求められたときには,そのことを依頼者に報告した上で,慎重な対応をすべきものである。
そうすると,被上告人の上記各行為は,弁護士倫理規定31条,40条の趣旨に反し,依頼者に不審感を抱かせるに足りるものといわざるを得ず,原審認定に係る経緯や被上告人の主観的意図を考慮したとしてもなお,上記各行為が弁護士法56条1項所定の「品位を失うべき非行」に当たるとし,業務停止3月の懲戒処分を相当とする旨の判断が社会通念上著しく妥当を欠くものとはいえない。したがって,本件懲戒処分が裁量権の逸脱又は濫用に当たるということはできない。
5 なお,被上告人は,本件懲戒請求が,報酬の支払を免れるための濫用的申立てであり,また,懲戒請求者らの意思に基づかないものであって,却下されるべきである旨主張するが,懲戒請求は,弁護士会による懲戒権の発動を促す申立てにすぎず,懲戒権発動の端緒となるものにすぎないから,懲戒請求が不適法であることが当然に発動された懲戒権の行使自体を違法とするものではなく,被上告人の上記主張は,主張自体失当である。また,被上告人は,第二東京弁護士会綱紀委員会において変更後の事由(すなわち本件懲戒処分の前提とされている事由)について弁明する機会を与えられなかったという手続的瑕疵があると主張するが,綱紀委員会は,懲戒委員会に審査を求めるか否かを調査する機関にすぎず,その調査において,被請求人は,通知を受け,期日に出頭し,陳述する権利を法律上認められているわけではない上(弁護士法71条は,同法67条2項を準用していない。),被上告人の主張を前提としても,第二東京弁護士会綱紀委員会で問題とされた事由は変更の前後を通じて実質的に同一の事実関係を前提とするものということができるし,その後の懲戒委員会での懲戒手続等においては,変更後の事由に基づく懲戒請求を前提とし,被上告人の弁明等も踏まえた審査が行われるものであることも明らかである(弁護士法67条。被上告人の主張によっても,その後の懲戒手続における手続的瑕疵はうかがわれない。)。そうすると,被上告人の上記主張も失当というべきである。
6 以上によれば,原審の前記判断には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,被上告人の本件請求は棄却すべきものである。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官横尾和子裁判官甲斐中辰夫裁判官泉德治裁判官島田仁郎裁判官才口千晴)

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