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2006.10.21

ハンニバル

心理サスペンスの映画の登場人物ではない(笑)
ローマによって滅ぼされた現在のチュニジアあたりを中心としたカルタゴという国の名将
この名前を初めて知ったのは,小学生の頃にナポレオンの伝記を読んだ際,ナポレオンに先だって(象を伴って)アルプス越えを行ってイタリアに攻め入った人物としてだった。
そのときに抱いたイメージは,半裸の男達が頭にターバンを巻いて象に乗ってアルプスから駆け下りていくという単なる無謀者でしかない全くのバーバリアンそのもの。大昔には,とんでもないヤツらがいたもんだという程度のものでしかなかった。
その後,世界史にてカンネーの戦いやザマの戦いというものと同時に記憶の対象となった程度。但し,単なるバーバリアンではなく相当な実力者であったというイメージには至っていた。
このほど塩野七生著になる「ローマ人の物語」(文庫版・新潮文庫)にチャレンジしているのだが,その3巻から5巻は「ハンニバル戦記」(上・中・下)となる。
この合計3巻においては,ローマとカルタゴの間で争われた3回の戦争(ポエニ戦争:第1次紀元前264~241年,第2次紀元前218~201年,第3次紀元前149~146年)が主に取り上げられている。
ハンニバルが活躍したのは第2次ポエニ戦争。
ハンニバルは,情報収集力に長けたとんでもない知将であり且つ強靱な精神力の持ち主だったようだ。当初抱いていた単なるバーバリアンとはほど遠い存在。そのような人物であったからこそローマをあと一息というところまで追いつめることが出来たのだろう。
しかし,それでもローマは耐えてそして打ち勝ち覇者となった。その柔軟さと懐の深さががローマのローマたる由縁だったようだが,そのような性質がスピキオ等の名将を産み,そしてその後のローマの繁栄にもつながったようだ。
スペインからフランスを通ってアルプスを越えてイタリアに攻め入り,あと一息まで迫っていたハンニバル。しかしながら,圧倒的勝利にもかかわらずローマ同盟国のローマからの離反を導くことが出来なかった。それだけローマは,周辺諸国から信頼されていた国であったということのようだ。ハンニバルは,次第に追いつめられて,最後には祖国で敗北にいたる。祖国を降伏に導いたあと,最後の最後には亡命先で自殺という最期を遂げることとなる。
古代の国々の有様をふり返って,今の国際問題を見ると,異なっている部分だけでなく似通っている部分も多く見ることが出来る。
人はいつまで経っても人でしかないようだ。

90433

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