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2006.11.23

平成18年10月12日最高裁判所第一小法廷判決

平成18年10月12日最高裁判所第一小法廷判決
未成年者誘拐被告事件
事件番号 平成17(あ)2437
破棄自判

原審裁判所名 札幌高等裁判所
原審事件番号 平成16(う)257
原審裁判年月日 平成17年10月25日

裁判要旨
祖父母による未成年者誘拐事件につき懲役10月の実刑が破棄されて執行猶予が付された事例

主文
原判決及び第1審判決を破棄する。
被告人両名をそれぞれ懲役10月に処する。
被告人両名に対しこの裁判確定の日から3年間それぞれ
の刑の執行を猶予する。
第1審における訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。

理由
被告人両名の弁護人横堀晃夫の上告趣意は,事実誤認,量刑不当の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。しかし,所論にかんがみ職権をもって調査すると,原判決及び第1審判決は,刑訴法411条2号により破棄を免れない。その理由は以下のとおりである。
1 本件は,被告人両名の次女Cが,再婚を前提に交際していた男性と同居して生活するため,被告人両名の了解を得ないまま栃木県内の実家を出て,当時3歳4か月の長女Dと2歳年下の長男を伴い札幌市内のマンションに入居したことから,その男性との再婚に反対していた被告人両名において,Cを説得して実家に連れ戻そうと考え,Cらが入居した翌日に上記マンションに赴いたが,同所において,Cと口論となり,被告人Aが相手の男性を殴るなどしたため,驚いて泣き出したDを被告人Bにおいて室外に連れ出すなどした後,翌日ころ,共謀の上,Dを上記実家に連れて行き,もって,未成年者を誘拐したという各未成年者誘拐罪の事案であり,第1審判決が被告人両名をそれぞれ懲役10月に処し,原判決もこれを是認したものである。
2 本件犯行の動機について,原判決は,「Cの再婚に反対し,実家に帰るように求めたがこれを拒否されたことから,Dを連れ去ることによりCに再婚を諦めさせようとして本件に及んだものである。このように本件は,目的のためには手段を選ばない,しかも,CやDの人格を無視した身勝手な動機による犯行というほかはない。」とする。
しかし,被告人Aは,その経営する会社の従業員の息子である前記男性について,消費者金融からの借入金の返済を2度にわたり援助し,同社に雇ってその面倒を見るなどしたことがあり,その過去の不行跡やCが前夫との離婚問題が起きて実家に戻っている最中にCと交際していたことなどに強い不信を抱いており,被告人両名は,Dらの将来を案じ,Dらが前記男性に虐待されることを憂慮していた。また,本件犯行はCがDらを伴い新居に入居した翌日のことであり,被告人両名は,そのような時期であることもあって,Dを連れて帰れば,Cが跡を追って実家に戻り,話合いの機会ができてCもすぐに翻意すると楽観していたこともうかがわれる。
このようにCやDらの将来を案じ,Dらが前記男性に虐待されることを憂慮していた被告人両名の心情を酌み,その当時の認識を踏まえれば,本件の動機について,目的のためには手段を選ばないものとして被告人両名を強く指弾するのは適切でない。
3 原判決は,被告人両名が,Dの引渡しを命ずる判決に従おうとせず,原判決の時点まで約3年10か月の間Dを自宅にとどめ置き,その結果,Dは,3歳から7歳にかけて,Cらと一緒に暮らすことができなかったもので,Dに与えた影響が憂慮されるほか,Cの精神的苦痛が大きいとして,前記のように評価した動機と併せ,被告人両名の刑事責任を軽く見ることはできないとする。
確かに,被告人両名の予期に反してCが実家に戻らなかったにもかかわらず,長期間にわたりDを被告人両名の下にとどめ,その母や弟と引き離した状態を続けたことは軽視できない。
しかし,前述のとおり,被告人両名においては,Dが虐待されると憂慮していたことに加え,本件では,Cが被告人両名にDの引渡しを求める法的手段として,家庭裁判所の調停手続などにより被告人両名とCの間で話し合う機会に乏しく,当初から人身保護の請求や刑事告訴が行われたことも問題の解決を困難にした事情とみる余地がある。しかも,その法的な正当性はともかく,被告人両名によるDの養育状況自体は,その福祉に反するものであったとはいえない。
4 原審では,DをCに引き渡すことを求める裁判所の意向に従い,被告人BがDに対しCの下に行くように話したところ,Dが精神的に不安定になり,不安神経症などの診断を受ける状態になった。その後,更に裁判所の強い示唆を受け,被告人両名は,第4回公判において,Cの希望するとおり,その妹らが連れて行く方法で,Dの意思にかかわらず,DをCの居宅で引き渡すことを誓約するに至った。
ところが,約束された引渡期日の約10日前に,Cの代理人弁護士により,Dの引渡しを求める仮処分の執行が行われ,CがDと二人きりの状態で約2時間にわたり説得したものの,Dが明確に拒否の意思を示したため執行が不能となり,その後,連れ去られることを恐れるDが外出を拒むような状態になり,上記誓約の実行が著しく困難になった。その後も,被告人両名は,DがCの下に行くことを了解すればDを引き渡す意思であるとし,そのために,せめて短期間でもCが実家に戻ってDと生活を共にし,DがCに慣れてから連れて行くことが必要と考える旨を供述し,被告人両名の長女らも,時間をかけてDを説得してCに引き渡すことを誓約する書面を裁判所に提出している。
これに対して,原判決は,被告人両名のDを引き渡す意思を疑うとともに,Dの引渡しが困難な状況にあるのは本件犯行に由来するものであり,引渡しを実行できないことを正当化する理由とならないとして,被告人両名が自ら作り出した違法状態を解消しない限り実刑はやむを得ないとの結論を導いている。
しかし,Dが被告人両名の下で養育される状態が3年以上の長期にわたっていた原審の時点では,Dの意思やその精神状態を踏まえ,その福祉に反することのないようにして引渡しを実現するためには,相当の時間をかけてCとDの接触を重ねるなどの手立てを講ずる必要があったことがうかがわれ,被告人両名の意思だけでDを引き渡すことは困難であったと認められる。
5 そもそも,本件は,未成年者誘拐罪につきその祖父母が告訴された事案であり,再婚相手をめぐる意見の対立に由来する親族間の紛争であるところ,本来,このような紛争は,家庭裁判所の調停手続や当事者間の話合いなどにより解決を図るのが相当であり,刑事裁判になった場合でも,刑の量定に当たっては,継続的な関係にある親子間の紛争という事案の性質に照らし,被害者である未成年者の福祉を踏まえつつ,将来的な解決の道筋なども勘案しながら,刑事司法が介入すべき範囲,程度につき慎重に検討する必要があるというべきである。
さらに,本件犯行は,暴力がきっかけになったとはいえ,これを利用した計画的犯行ではなく,祖父母が,幼児を直前まで平穏に生活していた住居に連れ戻した点に照らせば,その安全を脅かすものともいえない。被告人両名は,祖父母としてDを愛情をもって養育している上,被告人Aに古い交通事犯前科があることを除けば前科前歴もなく,土木建築業を営み平穏かつ健全に社会生活を営んでいる。被告人両名が服役した場合,その経営する会社には大きな影響が及ぶことがうかがわれるほか,親族間の対立相克を深刻なものとし,Dの福祉やCの利益にも反する結果を生ずるおそれも否定できない。
犯行後にDとCらが長きにわたり離隔された状態が続いていることは問題であるものの,前述のとおり,その経緯には酌むべき点がないとはいえず,しかも,原審の段階では,被告人両名がDを引き渡す意思を表明していて,その真意を疑うべき合理的理由もなく,引渡しの実現のためにはCを含む関係者の協力が必要と認められる状況があったのであるから,違法状態の解消を性急に求めるのではなく,現実的な解決の道筋をも踏まえた判断が必要であったというべきである。
6 以上によれば,Dの引渡しが実現しない以上被告人両名共に実刑を免れないとした原判決は,動機の評価を誤り,被告人両名の原審段階における姿勢を必ずしも正当に評価せず,事案の性質や実情に照らして不当な結論を導いたものというべきであり,その量刑は,甚だしく重きに過ぎ,これを破棄しなければ著しく正義に反するものといわなければならない。
よって,刑訴法411条2号により,原判決及び第1審判決を破棄し,同法413条ただし書により被告事件について更に判決することとし,第1審判決が認定した事実に法令を適用すると,被告人両名の各所為は,いずれも刑法60条,平成17年法律第66号による改正前の刑法224条後段に該当するので,所定刑期の範囲内で被告人両名をそれぞれ懲役10月に処し,刑法25条1項を適用して,この裁判確定の日から3年間それぞれの刑の執行を猶予し,第1審の訴訟費用の負担につき刑訴法181条1項本文,182条を適用することとして,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
検察官梶木壽公判出席
( 裁判長裁判官才口千晴裁判官横尾和子裁判官甲斐中辰夫裁判官泉徳治裁判官島田仁郎)

原文
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=02&hanreiNo=33651&hanreiKbn=01
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20061012163548.pdf

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