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2008.11.18

神尾真由子さんの弾くウ゛ァイオリンコンチェルト

神尾真由子さんのウ゛ァイオリン
大フィルの定期演奏会にて

次はブラームスの1番

@携帯より

追記)19日12時53分

大阪フィルハーモニー交響楽団第423回定期演奏会 
2008年11月18日(火)19:00開演
ザ・シンフォニーホール
指揮:大植英次
独奏:神尾真由子(ヴァイオリン)
曲目:
ベートーヴェン/ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品61
ブラームス/交響曲 第1番 ハ短調 作品68

2階の後ろの方の席でした。

神尾さんの演奏,初めて生で聴かせていただきました。
噂に違わぬすばらしい演奏。
特にカデンツァは圧巻。
これを聞いただけでも十分に満腹感を味わうことが出来るといっても過言ではない。
しかし,曲としてのベートーベンのヴァイオリンコンチェルトは難しいですね。
この曲を十分に説得力を持って聴かせる演奏とするには更に円熟さも必要とするのかも。
その意味ではもう少しかなといった感も受けましたが,このような贅沢な希望は,将来の楽しみということでしょうね。神尾さんの今後のますますの活躍を期待したいものです。
アンコールにバガニーニのカプリスから13番(「悪魔の笑い」という副題があるのですね,言い得て妙)。
「ブラヴァ!」
言うこと無し!

ブラームスの1番
何といっても重たい曲。これを重厚な大フィルが更に低い弦を思いっきり響かせて奏でるのだから・・・
凄いです。
しかし
重厚感はあれども茶目っ気の部分もあるRシュトラウスの作品なら気の抜ける部分があるのだが,ブラームスは何といっても生一本・・・・・2階で聞いていてもこりゃ大変(笑)。
ただ,
3楽章のピチカートからホルンやフルートにつながりトロンボーンのコラール等があってそして第4楽章の弦による重厚な旋律へと連なる部分・・・・。
鳥肌ものでした。
特に第4楽章の旋律をこれほどのハーモニーで聴けることはそうそう無いでしょうね。

なお,盛り上がりの中で終えた曲。
すかさずbravoの声が上がったのですが,私個人の気持ちで言うならばいらんかったなと。
余韻を感じたかったかな。
まあ個人の感じ方の問題なので,あくまでも私個人の意見ですが。

この夜は
考えるべき事があって,コンサートに臨むとなかなか入りきれない部分もあり,
また隣のおじいさんはごそごそするし・・・・・


なお、読ませていただきました記事をコメント欄にあげておきました。
評価は色々ですね。
人の感性はそれぞれであって「個性」。

追記2)
<ベートーベンのバイオリン協奏曲について>
私は、プレイヤーの立場にはないし、音楽を分析する力もなく、ただ単に聞いているだけの人。だから、その曲の持つ意味合いというものにも薄っぺらいものしかない。よって、プレイヤーの書かれたものを読むと、なるほどと思わされる。
ベートーベンのバイオリン協奏曲については、諏訪内晶子さんの「ヴァイオリンと翔る」にも触れられている。
諏訪内さんの指摘によれば、名曲の多いヴァイオリンコンチェルトの中でもベートーベンのものとブラームスのものは書かれ方が全く違うとのことである。
同書から抜粋して引用すると次の通りである。
「簡単に言ってしまえば、ソロとオーケストラ、双方のパートの書かれ方の比重=重きの置かれ方が『対等』ということになるのだろう、(中略)技術的には、チャイコフスキーやパガニーニの方が遥かに複雑で、難しい。しかし、ベートーベンの場合、いくら努力してみても自分で納得のいく表現ができない(中略)。ベートーベンの協奏曲の怖さは、ヴァイオリンの弾く旋律が演奏上で総て出てしまうことにある。『旋律』を『音楽』と言い換えた方が、表現が正しくなるかもしれない。ヴァイオリンが主旋律を唄い、また激しい音型を奏でるとき、オーケストラは必ず控えめにその支えにまわり、一音たりとも音符を消すような響きをたてない。ヴァイオリニストがメロディーを弾く手を休めると、オーケストラは、『今度は私の出番ですね』と言わんばかりに生き生きと自らの歌を唄う。(中略)ベートーベンの音楽にあっては、全楽章を通じ、独奏ヴァイオリンと協奏するオーケストラの交互の『語らい』の中で曲が進行する。語り合う二つのパートは、対等の重さで書かれている。他の作曲家の協奏曲のように、オーケストラが、ひたすら唄うヴァイオリンを伴奏するようには書かれていない。だから、語り合う相手について、完全に理解し、知っていなければ対話が成り立たないのは道理である。当然、ヴァイオリニストには、他の協奏曲を弾くときより、曲の理解について数倍の負担がかかることになる。裏返して言えば、協奏する指揮者とオーケストラ側にも、同じことが要求され、単なる『伴奏』では済まされない。私には、昔から、この曲のレコードやCD録音に必ずと言っていいほど、名指揮者と一流オーケストラが起用されてきた理由が理解できた。」
(なお、これは1995年12月が初稿となるものです。諏訪内さんは最近ベートーベンに意欲的に取り組んでおられますね)。
確かに指摘されたとおりの曲のように感じる思う。
チャイコなどのコンチェルトは、まあそれなりに聴ける曲。
でも、ベートーベンの曲はそうではない。
ベートーベンはコンチェルトの世界での新境地をと考えたのだろう。
さすがに凄い。
個人的には、パールマンとバレンボイム・ベルリンフィルのコンビの演奏が気に入っている。

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