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2010.04.02

医療事件について

 現在は,病院側・医師側にて医療事件も扱っている。というより,そのウエイトはかなり大きくなってきている。また,一つ一つの事件において検討すべきことは,かなり濃厚である。
 当初,医療関係事件に携わった際には,そこで用いられる言葉等は,会社関係どころではなく全くはてな??の世界。医学に携わったことのない者としては当然のことだろう。特に,関与し始めたことは,インターネットもないし,コンピューターも殆どない時代なので,調べごとは,医学書を扱っている本屋に行って購入したり,図書館に行って自ら文献を探すということもあった(現在は,弁護士会の図書館には多くの医学書がおかれているが,かつては弁護士会にそのような本は置かれていなかった)。
 そうやって地道に,勉強しながら,医師等の話している内容を理解することから始まった。
 医療事件に携わることによって,世間の医療に対する過度の期待が理解できるようになった。医療の世界においては,対象となる人が全て異なり,また病状も異なる。そんな状況において,色々なリスクについて高度な選択が行われているのが実情かと思う。
 いわば,毎日材質の異なる細いロープの上で綱渡りをしているような世界のように感じられる。従って,ロープから落ちる場合がありえる。どのような熟練のメンバーが揃っているサーカスにおいても,綱渡りに失敗することがあるように。
 しかし,ロープから足を踏み外すと,大きく非難をされることになっているのが今の医療関係者の実情ではないかと。
 多くの場合,このことが過失と言えるのだろうか?
 極めて原則的なことしか書いていない教科書に基づいて,責めることが出来るのだろうか?
 そんな思いを個人的には抱いている。

 なお,極めて多忙な中で,信念を持ってやったことが,ダメであったので刑事責任を問う或いは損害賠償義務がある等いわれたならば,自らの正しいことを示すか,医師の世界等から逃亡することにもなりかねない(実際に,裁判に勝訴したものの,言われ無き非難を受けたことに耐えられずに,方向転換した医療関係者は存在する)。
 訴訟等に巻き込まれた医療従事者等は,自らが行ったことが誤ったものでなかったことを裁判等で明らかにするために,多大の時間を用いて,打合せを行い,裁判に提出された文書について反論を考え,カルテの翻訳を行い,診療経過を記載した文書を作成し,そして証人尋問に臨みということを行っている。そのトータルの所要時間は膨大なものとなる。医師は,診療の時間を削り(他の医師への代打の依頼),プライベートの時間を削って対応している。
 医師不足が言われる昨今(裁判に巻き込まれる医師は,緊急を要する場面の医師が多いのが実情である),このような時間を,他の患者の治療等のために使うことができないことは,国民的損失ではないかとさえも感じている。
 誤りがはっきりしているものは裁判をせずとも解決の道を選ぶことが通常である。そう感じられない事案は,裁判に巻き込まれることになるのだが,そのような医療関係がはっきりと自らの意見を通して,多くの方にご理解をいただくこと。それは,多くの方にとって大事なことであると,私は思っている。

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平井利明のメモ

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