« 医療事件について | トップページ | 満開の桜 »

2010.04.02

教員として

司法改革の一つの柱としてロースクールの制度が出来そうだという頃
今度制度化される,ロースクールを手伝って欲しいとの話があった。

私は,単なる一実務家にすぎず,それまで一つ一つの仕事をこなしてきただけの人物であり,論文を書いたこともないし,講演等で話したこともないし,教育の経験もなかった。
そのようなこともあって,大学教育に私が関与することがあるなど考えたこともなかった。

そんな人物ではあったが,それなりに仕事をこなしていることを知っている教員の方があって,声が掛かったようだった。まあ,手伝い程度なら良いかとの簡単な気持ちだったが,実績作りのために,大学院でゼミを担当するようにとか,学部でゼミを持つようにとかとの話となり,大学等に関与する機会が出来た。

弁護士になる前はそれなりに勉強はしたものの,弁護士となってからは事件に関連の勉強しかしていないので,大学院で教えろと突然言われたときは覚悟が必要だった(笑)
春頃に声がかりがあったと思うが,その年の後期(9月)からの担当を言い渡されたものだから,夏の間,民法をかなり勉強することとなった。法律行為や意思表示とは何?,取消,無効,解除等基本的なことに立ち返って色々と勉強することとなった。
学部でセミを担当するようになると,色々なことに興味を持たせるために,自らが実務家として携わった法律関係(損害賠償,企業法務,著作権・特許等知財関連,労働問題等)を事例として呈示することとなったが(因みに,ゼミは,一定の分野に捕らわれず,何をやっても良いというアバウトなものだった),そのためには,こちらの方も体系的な勉強及び個別問題の勉強をしなければならない。
正直なところ,非常に勉強となった。

ロースクールが始まる前は,大学と言えば学者で構成される組織,そんな中へ,全く部外の法律の実務家が入り込むことになるわけだが,学士であり,論文はない,外国語ダメ,そして全く無名であり,また若輩者という私を受け入れるかについて議論があったようだが,まあ何とか受けてもらえるようになったようである。

正式に受け入れられるようになったとの話を聞いたときに驚かされた。
正式な身分は1年契約の特別契約教授ではあるのだが,専任扱いであり,対外的には教授を名乗ることが出来(そのような規定がある)て,教授会のメンバーともなるとのことだった。
それまでは薄給の非常勤講師だったので,ロースクールが出来たときには常勤講師にでもなるのだろうと思っていたところ,全く予想もしないものだった。正直,どないしよう・・・・・と思ったものである。
まあ,そんなこんなで始まったロースクールの教員ではあるが,この4月で7年目の春を迎えることとなった。
力不足であることは否めず,更なる精進が必要。]

.

平井利明のメモ

|

« 医療事件について | トップページ | 満開の桜 »

思いつくままに」カテゴリの記事