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2010.11.27

メロディー

ここのところ少しハードだったこともあり今日は2度寝にて寝だめ。
iPhoneに入れたベートーベンのピアノソナタを2曲を,寝起きのまだぼーっとした頭で,何年ぶりかにきいてみた。

1曲目は8番の曲で「悲愴」と呼ばれる曲。
この曲は,何と言ってもメロディーがシンプルで美しい。ベートーベンという人は余人に代え難いメロディーメーカーだと実感させる曲。素晴らしい歌を聴かせる人である。心に訴えるメロディーが引き立つように装飾等が施されている。頭が空白のとき,ただひたすら美しさに心地よい。
なおベートーベンは自分の曲に標題をつけることはほとんどなかったが,この曲は,自ら「悲愴」と名づけている。しかし,それほど悲しさを感じさせるものではなく,曲調のとても美しい名曲である。

2曲目は23番の曲で「熱情」と呼ばれる曲。
この曲は,多くの作曲家によって数多く手がけられていピアノソナタの中で私が一番好きなピアノソナタと言える。この曲は,悲愴とは対極にありメロディーがない。イメージで言うならば,ベートーベンには有名な「運命」と呼ばれる,出だしがジャジャジャジャーンで始まる曲がある。運命の第1楽章はこの「ジャジャジャジャーン」が様々に形を変えて示される。よって歌はない。「熱情」もこんな感じの曲である。
「熱情」は3つの楽章ともそんな雰囲気で終始する。第1楽章は,1つのモチーフ(テーマ音型)があってそれが様々な形に自由に展開される。1つのテーマが示されているのでまだ自我の統一性が保たれているといえる。第2楽章は,心の平穏を求めるかのように厳かなコラール風の曲風が展開される,しかしそれは単純な響きの音型が示されるだけ。メロディーはない。その単純な音の進行が多少形を変えれいくつかの装飾が伴って曲が進むのみ。第3楽章は,最早,情念だけが断片的にちりばめられて狂おしいまでの心の揺らぎが示されている。敢えてメロディーを用いないこと,また,核となるテーマも示さないことをもって,人の心・感情を的確に示されている。

2曲を聴いて
歌を用いるからこそできる心の表現,歌を敢えて用いないからこそできる感情の表現。
今日は,特にそんなことを感じた。

なお,今日はホロビッツの演奏のものを聴いた。
「熱情」はバックハウスの演奏するものもお気に入り。

平井利明のメモ

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