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2011.11.20

Brilliant Noise

今宵は,神戸元町にshezooさんの音楽を聴きに行ってきた。

JR神戸元町駅から神戸駅に向かう高架下にその場所はあった。
高架下アートプロジェクトの一つの会場。

お誘いには次のようにあった
「場所:元町高架下(JR神戸駅~元町間)モトコー5#250
神戸ビエンナーレ高架下プロジェクトBrilliant Noise展示内
出演:shezoo(ep), 多治見智高(vl)
題名:輝きを揺らすもの~存在の不確かさ
概要:音に反応する白熱電球が吊らされたBrilliant Noise(oxoxo作品)におけるピアノとバイオリンによるインスタレーションライブ」

SHEZOOさんは,友達の紹介によって知り合った方ですが,心底敬愛できるミュージシャンの一人です。この人が産み出しそして奏でる音楽はとてもとても私の心にフィットする。そんなかけがえのない音楽家の一人です。

場所は,電車が現役で走る線路の高架下。そして,金網の向こうには,車が行き交う道路。そんな環境の中での音楽。
会場は真っ暗で,音が生じると,その音に反応して白熱球が人のために光を発する。そんな,会場だった。

電車が走り,また車が通りすぎると現代を象徴する人の心を鬱にする音が届くため,ライブの音楽を聴くためには集中と想像が必要とされる。
そのような自分が欲する音楽が,耳に音が届くときには,天上では明かりが点る。

曲は,shezooさんが作曲等した「nature circle」,「天上の夢」などからがメインであった。特に,「天上の夢」はこのシュチュエーションにとてもマッチした響を生んでいた。

このような環境で,
流れてくる音を聴きながら色々なことを考えた。

一つのイメージには,第2次世界大戦中のドイツにて空爆による爆音の中で,かき消されるようなオーケストラのライブの音を,必至で聴いたという話があったことを思い出した。
また,私が,クラシック音楽を聞き始めた頃は,オンボロのラジオのダイヤルを合わせて,スピーカーに耳をつけて,流れてくる壊れたような音を聴きながら,この世にこんな音楽があるのかと感じたことを思い出した。

自らが聴きたい音というのは,どのような隔たりが築かれようとも,それを乗り越えて聴こうとするものなのだと。
わずかながらでも再度実感できたのだと思う。

なお,最後のアンコール曲は,「メガネの男」だったのだが,
それはQuipuのデビューアルバムの「Grace」からの曲だったのか,もう一つのアルバムSPYCY☆DEBORAH(これはshezooさんが作った曲の中では結構マニアックなもので構成されている)からだったのかが思い出せなかった。

答えは家に帰って判明した。
後者だった。

我ながら
マニアック。
でも,自分でいいと思うものに対しては,
マニアックであることこそが自然で,
また,そのことが自分にとって本当に良いものであることの証だと思う。

Img_0337

Img_0348

神戸ビエンナーレにて
http://oxoxo.me/ja/2011/08/brilliant-noise-kobe-biennale-2011-japan/

平井利明のメモ

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