「産科医療補償制度」についての留意点
今般,出産場面において重篤な結果が発生した場合には,医療機関側の過失の有無を問わず(無過失)一定程度の補償を行うとする「産科医療補償制度」が創設されて,来年(平成21年)1月1日から実施される予定となっているとのこと。そして,来年1月1日からの適用を受けるために,各医療機関は,この8月25日までに申込を行わなければならないようです。
産科場面においては,予期せぬ結果がある程度の割合にて発生していること及び発生する予期せぬ結果が甚大なものであること,出産にはかなりのリスクがあることについての認識が必ずしも社会的に形成されていないなどの要素が絡み合ってトラブルとなることが少なからずあります。
トラブルの発生は,関係者に対して大きな負担を与えることになります。特に,産科場面での高度の後遺障害が発生するケースでは,刑事事件となり或いは2億円を超える民事事件(損害賠償事件)となることも散見されるなどシビアな場面が少なくありません。
このような社会的事実を背景に,そのようなトラブルの発生を可能な限り少なくさせるなどを目的として,この度の「産科医療補償制度」の創設となった次第です。
このような重要な制度であり,また,締切も迫っているというのに,この制度の具体的な内容や詳細については正直なところ分からないところが多々あります。
なお,次の通り,「財団法人日本医療機能評価機構」のサイトには関連資料が掲載されているのですが,それら以外には詳しいものが見あたらないのが実情でしょうか。
財団法人日本医療機能評価機構のサイトにおける資料 | |||||||||||
<一般の方向け> | |||||||||||
「産科医療補償制度」創設のご案内 | |||||||||||
http://jcqhc.or.jp/html/documents/pdf/obstetrics/obstrics_open.pdf | |||||||||||
<医療従事者向け> | |||||||||||
「産科医療補償制度」創設のご案内 | |||||||||||
制度概要 | |||||||||||
http://jcqhc.or.jp/html/documents/pdf/obstetrics/obstetrics_seido.pdf | |||||||||||
事務取り扱い | |||||||||||
http://jcqhc.or.jp/html/documents/pdf/obstetrics/obstrics_toriatukai.pdf | |||||||||||
(資料) | |||||||||||
産科医療補償制度運営組織準備委員会報告書 | |||||||||||
http://jcqhc.or.jp/html/documents/pdf/obstetrics/obstetrics_report.pdf | |||||||||||
産科医療補償制度の概要 「産科医療補償制度について」 | |||||||||||
http://jcqhc.or.jp/html/documents/pdf/obstetrics/obstrics_compensation.pdf | |||||||||||
産科医療補償制度のパンフレット | |||||||||||
但し,その内容は難しいので,一般的な説明場面では,『「産科医療補償制度」創設のご案内』の「制度概要」が用いられることになるのでしょう。
ところで,広く配布されることが予想される『「産科医療補償制度」創設のご案内』の「制度概要」は,抽象的すぎて或いは簡潔すぎて,必ずしも良く分からない部分があるように思われます。
従いまして,良く分からない部分について更に理解するためには,やはり原典となる「産科医療補償制度運営組織準備委員会報告書」に記載された内容を補足しておく必要があるのだろうと思います。
そのような観点から,私の個人的な判断に基づいて,財団法人日本医療機能評価機構による『「産科医療補償制度」創設のご案内」の制度概要』をベースとして,「産科医療補償制度運営組織準備委員会報告書」(以下,報告書と略します)に記載された内容や私個人の私的なコメントを付したものを「続き」に示すこととしました。
なにかのご参考になれば幸甚に存じます。
なお,
制度を,正確に理解するためには
上記に示した「産科医療保障制度の概要」
と
「産科医療補償制度運営組織準備委員会報告書」
の内容を熟読する必要があるといえますので,それらを十分にご覧いただくことが重要だと思います。
産科医療補償制度の基本的な考え方① | |||||||||||
<補償の機能> | |||||||||||
1.分娩に関連して発症した脳性麻痺の児と家族の経済的負担を速やかに補償 | |||||||||||
2.原因分析・再発防止の機能脳性麻痺発症の原因分析を行い、再発防止に資する情報の提供 | |||||||||||
→ 紛争の防止・早期解決 産科医療の質の向上 | |||||||||||
産科医療補償制度の基本的な考え方② | |||||||||||
1.産科医療の崩壊を一刻も早く阻止する観点から、民間保険を活用し、現行制度下にて早期の創設 | |||||||||||
2.本制度への加入に伴う分娩機関(分娩を取り扱う病院、診療所、助産所のこと)の掛金負担により、分娩費用の増額が想定され、妊産婦の負担軽減を目的とした出産育児一時金の引き上げを予定 | |||||||||||
3.分娩機関が制度未加入だったために脳性麻痺児が補償を受けることができない、という事態は防ぐべきであり、原則として全ての分娩機関が本制度に加入する必要があります。 | |||||||||||
補償の仕組みについて | |||||||||||
産科医療補償制度の補償機能 | |||||||||||
妊産婦・児 | |||||||||||
補償約款(「補償約款」にて補償金額等を規定) | |||||||||||
報告書の関連記載: 分娩機関ごとに補償の内容が異なることがなく同一の内容で補償されるよう、国は補償内容について標準約款で公示し、各分娩機関はこれに即して補償約款を定めることとする。 標準約款および補償約款は補償機能の中核となるため、分かりやすい内容で作成する必要がある。特に、標準約款および補償約款に記載される補償の対象者や補償金を支払うことができない条件等については、分娩機関と妊産婦との間に理解の差が生じないよう、明確かつ、分かりやすいものとすることが必要である。 | |||||||||||
私的コメント: 具体的な補償場面及び保証内容は,各分娩機関が定める「補償約款」に従うことになる。 この「補償約款」は,「標準約款」の内容とどの程度まで異なるものであることが許されることになるのか? | |||||||||||
保証金 | |||||||||||
分娩機関 | |||||||||||
制度加入 | |||||||||||
掛金 | |||||||||||
保険金 | |||||||||||
報告書の関連記載: 多年にわたって支給される分割金方式についても商品化に当たって克服すべき課題は多い。 例えば、補償責任を負う分娩機関が廃業した場合、特に破産により補償金が破産財団に組み込まれ、児・家族への給付が減額される可能性がある場合への対応や、損保会社や運営組織における長期にわたっての資金管理、給付事務などが必要になるため、その事務処理体制の確保と多額の追加費用負担を要するなど困難な、数多くの問題が指摘されている。 これらの問題を克服していくためには、関係者の創意工夫、献身だけではなく、国による強力な関与、支援が必須になるものと考える。 本委員会としては、前述のような課題を抱えつつも、準備一時金+分割金方式を提言したい。関係者の積極的な、真摯な検討を期待したい。 | |||||||||||
私的コメント: 産院等が閉鎖され或いは病院そのものが経営危機によって倒産するケースが少なくない昨今において,支払を担当する医療機関の倒産の場合の手当はどうなったのだろうか? このような点については,新たな法制度による保護が必要であると思われるのだが。 極端な話,運営機関から600万円が分娩機関に対して支払われた段階に(且つ児に対してその保険金が支払が行われる以前)に,当該医療機関が破綻してしまったらどうなるのだろうか? | |||||||||||
運営組織 | |||||||||||
報告書の関連記載: 運営組織における審査や原因分析・再発防止の過程では、産科、小児科分野における医療安全に係る高度の専門的な知識が要求されることから、産科医療や小児医療に関する知識や臨床経験を有する医師や助産師、その他の学識経験者の協力が得られる体制が確保されなければならない。 本制度の信頼性を維持する観点から、補償対象か否かの審査や医療事故における原因分析は、公正で中立的な立場から厳粛に行うべきであり、そのために運営組織は、医療関係者のみならず、患者の立場の有識者、法律家、医療保険者、保険会社、行政機関等と連携、協力する必要がある。 | |||||||||||
保険契約 | |||||||||||
保険料 | |||||||||||
保険金 | |||||||||||
補償対象者の範囲について | |||||||||||
分娩に関連して発症した脳性麻痺の児を対象とします。 | |||||||||||
出生体重2,000g以上 | |||||||||||
かつ | |||||||||||
在胎週数33週以上 | |||||||||||
この中で、看護・介護の必要性が高い重症者を対象とします。 | |||||||||||
身体障害者等級の1級または2級に相当 | |||||||||||
在胎週数28週以上の児についても個別審査によって対象となることがあります。 | |||||||||||
報告書の関連記載: 「一定の出生体重や在胎週数を絶対的な基準とすることは難しいことなどから、調査専門委員会において個別審査の考え方をまとめ、それにもとづいて、一律に補償する基準を下回る児についても、基準に近い児にっいては、分娩に係る医療事故に該当するか否かという観点から個別審査を行うこととする。ただし、臓器・生理機能等の発達が未熟なために、医療を行っても脳性麻痺となるリスクを回避できる可育旨性が医学的に極めて少ない児については、分娩に係る医療事故に該当するとはおよそ考え難いことから、原則として個別審査の対象としない。このような児とは、具体的に、在胎週数28週未満の児と考えられる。」 | |||||||||||
個別審査について | |||||||||||
在胎週数28週以上であって、以下の(1)(2)のいずれかに該当する児については、個別審査によって補償対象とします。 | |||||||||||
(1)低酸素状況が持続して臍帯動脈血中の代謝性アシドーシス(酸性血症)の所見が認められる場合(pH値が7.1未満) | |||||||||||
私的コメント: よって 臍帯動脈血の採血を行うことを求められることになるのだろうか? | |||||||||||
(2)胎児心拍数モニターにおいて特に異常のなかった症例で、通常、前兆となるような低酸素状況が、例えば前置胎盤、常位胎盤早期剥離、子宮破裂、子癇、臍帯脱出等によって起こり、引き続き、次の①~③のいずれかの胎児心拍数パターンが認められ、かつ、心拍数基線細変動の消失が認められる場合 | |||||||||||
①突発性で持続する徐脈 | |||||||||||
②子宮収縮の50%以上に出現する遅発一過性徐脈 | |||||||||||
③子宮収縮の50%以上に出現する変動一過性徐脈 | |||||||||||
除外基準について | |||||||||||
分娩に関連して発症した脳性麻痺に該当するとは考え難い、出生前・後く以下の(1)(2)>の要因によって脳性麻痺となった場合は、除外基準としてあらかじめ補償の対象から除外されます。 | |||||||||||
(1)先天性要因 | |||||||||||
①両側性の広範な脳奇形(滑脳症、多小脳回、裂脳症、水無脳症等) | |||||||||||
②染色体異常(13トリソミー、18トリソミー等) | |||||||||||
③遺伝子異常 | |||||||||||
④先天性代謝異常 | |||||||||||
⑤先天異常 | |||||||||||
私的コメント: | |||||||||||
(2)新生児期の要因 | |||||||||||
分娩後の感染症等 | |||||||||||
補償の水準について | |||||||||||
看護・介護を行う基盤整備のための準備一時金として6百万円を給付します。(住宅改造費、福祉機器購入費等) | |||||||||||
補償分割金として総額2干4百万円を分割して20歳まで定期的に給付します。(介護費用等) | |||||||||||
報告書の関連記載: 分割金については、総額2千万円程度を目処とし、これを20年分割にして原則として、生存・死亡を問わず、定期的に支給する。(対象認定時に経過年分を支給する。) | |||||||||||
補償申請について | |||||||||||
申請者 | |||||||||||
分娩機関 | |||||||||||
脳性麻痺となった児および分娩機関その家族からの依頼に基づき | |||||||||||
報告書の関連記載: 本制度の補償申請者は制度加入者である分娩機関であり、当該分娩機関において出生した児(代理人を含む。)からの申請依頼にもとづいて、分娩機関が申請を行う。申請にあたっては、児(代理人を含む。)が脳性麻痺に関する医学的専門知識を有する小児科医から受け取った診断書や、分娩機関が作成する専用の申請書等の書類が速やかに提出される必要がある。 なお、審査に加えて原因分析・再発防止を通じて産科医療の質の向上を図る観点から、分娩時の診療録・助産録、分娩監視記録等もあわせて提出される必要がある。 | |||||||||||
申請時期 | |||||||||||
原則として、児の満1歳の誕生日以降ただし、極めて重症の場合は6か月以降でも申請可能 | |||||||||||
分娩機関への申請期限 | |||||||||||
児の満5歳の誕生日まで | |||||||||||
報告書の関連記載: 申請の開始時期については、原則として脳性麻痺の確実な診断が行われる生後1年以降とする。ただし、極めて重症の場合は、生後6か月で診断が可能となる場合があるため、一定の要件、例えば複数の脳性麻痺に関する医学的専門知識を有する小児科医による診断等を満たす場合には、生後6か月以降においても申請可能とする。一方、正確な診断を行うために、生後3年程度まで経過を見なければ診断できない場合もある。申請の期限については、法令で定める診療録、助産録の保存期限や、調査専門委員会による診断が可能な時期も踏まえて、児の満5歳の誕生日までとする。 | |||||||||||
審査・原因分析・再発防止について | |||||||||||
1.分娩機関が運営組織に対し補償申請 | |||||||||||
2.運営組織にて補償対象の可否を審査 | |||||||||||
報告書よりの補充: | |||||||||||
3.補償金の支払い | |||||||||||
4.原因分析・再発防止 事例情報の整理・蓄積 | |||||||||||
5.事例情報の公開、産科医療の質の向上 | |||||||||||
審査の流れについて | |||||||||||
補償対象の可否は、一元的に運営組織にて審査を実施 | |||||||||||
補償申請 | |||||||||||
書類審査 | |||||||||||
審査委員会 | |||||||||||
補償金支払い | |||||||||||
分娩機関に損害賠償責任がある場合は,補償金と損害賠償金の調整を行います。 | |||||||||||
報告書の関連記載: 本制度から支払われる補償金と損害賠償金が二重給付されることを防止するために,分娩機関に損害賠償責任がある場合は,補償金と損害賠償金の調整を行う。具体的には,分娩機関に損害賠償責任がある場合は,分娩機関は本制度が存在しない場合と同様に,損害賠償に関する金銭を自ら全額負担するという考え方にもとづき調整を行う。 運営組織は医学的観点から原因分析を行い,分娩機関と児・家族へ分析結果を通知する。 賠償責任の成立要件となる過失認定に関しては,基本的に分娩機関と児・家族との間の示談,裁判外による紛争解決(ADR)または裁判所による和解・判決等の結果に従い,これにもとづき補償金と損害賠償金の調整を行う。 しかしながら,医学的観点から原因分析を行った結果,分娩機関に重大な過失が明らかであると思料されるケースについては,運営組織は,医療訴訟に精通した弁護士等を委員とする専門委員会に諮って,法律的な観点から検討し,その結論を得て,当該分娩機関との間で負担の調整を行うものとする。 私的コメント: この制度は,医師の過失責任を免責させるものではない。なお,重大な過失が明らかな場合の処理については,医療機関或いは医師等の医療従事者に対して求償を行うという趣旨であると思われるが,これだけの内容では,正確なところが私には良く分からない。 | |||||||||||
原因分析について | |||||||||||
1.十分な情報収集に基づき,医学的な観点で事例を検証・分析 | |||||||||||
報告書の関連記載: 運営組織において,十分な情報収集にもとづき専門家が医学的な観点で事例を検証・分析し,その結果を分娩機関と児・家族にフィードバックすることにより,紛争の防止・早期解決を図ることを目的とする。 原因分析を適切に行うためには,分娩に係る診療内容等の記録の正確性が重要であり,かつ資料として忠実に提出される必要があるため,分娩機関から運営組織への書類やデータの提出を制度化すべきである。また,提出書類の種類,標準的に必要となる記載事項,提出要領等は,本制度が開始される前に,各分娩機関に十分に周知徹底しなければならない。 更に,十分な情報収集の観点から,児・家族からの情報提供を促進すべきである。 原因分析に際しては,まず委嘱された産科医が,医学的な観点から分析を行い,その結果を分かりやすく記載した報告書案を作成し,「原因分析委員会」に提出する。前述の審査と同様に,相当程度の原因分析件数が見込まれるため,産科医の負担も相当大きいが,本制度の原因分析は産科医療の質の向上に資するものであり,学術的にも極めて意義があることを関係団体等に十分理解いただき,適切な人材の推薦・派遣等の協力を得ることが不可欠である。 「原因分析委員会」では,各産科医から提出される報告書案を検証・協議し,最終確認を行う。開催頻度については,件数に応じて毎.月の定期的な開催を基本とする。委員会メンバーは医学的専門性等が求められることから,この分野に精通する産科医,助産師および学識経験者等を中心に構成する。「原因分析委員会」において最終確認された報告書は,当該事例の分娩機関と児・家族に郵送等によりフィードバックする。 | |||||||||||
2.その結果を児とその家族および分娩機関ヘフィードバツク | |||||||||||
紛争の防止・旱期解決を図ります。 | |||||||||||
適切に行うためには,分娩機関,児・家族,専門医や関係団体等の協力が不可欠です。 | |||||||||||
再発防止について | |||||||||||
1.原因分析された個々の事例情報を体系的に整理・蓄積 | |||||||||||
2.広く社会に情報を公開 | |||||||||||
将来の脳性麻痺発症の再発防止,産科医療の質の向上を図ります。 | |||||||||||
報告書の定期的発行 | |||||||||||
関係団体や行政機関と連携・協力した研修会の開催 | |||||||||||
ガイドライン,マニュアルの作成 | |||||||||||
国の実施する再教育制度との連携など | |||||||||||
産科医療補償制度の見直しについて | |||||||||||
遅くとも5年後を目処に,本制度の内容について検証を行う。 | |||||||||||
補償対象者の範囲,補償水準,掛金の変更,組織体制等について,適宜必要な見直しを図る。 |
制度目標の一つとして「産科医療の崩壊を一刻も早く阻止する」という点が示されていますが,そうはならないとは思いますが,仮にこの制度が医療崩壊を進めることにつながることがあるとすれば,それは本末転倒と言うことになりますね。
その点の確認等も,今後において十分になされることは必須となりますね。
平井利明のメモ
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