解剖と検案そして届出(死体解剖保存法11条と医師法21条)
死体解剖保存法第8条は次のように定める。
1 政令で定める地を管轄する都道府県知事は、その地域内における伝染病、中毒又は災害により死亡した疑のある死体その他死因の明らかでない死体について、その死因を明らかにするため監察医を置き、これに検案をさせ、又は検案によつても死因の判明しない場合には解剖させることができる。但し、変死体又は変死の疑がある死体については、刑事訴訟法第229条の規定による検視があつた後でなければ、検案又は解剖させることができない。
2 前項の規定による検案又は解剖は、刑事訴訟法の規定による検証又は鑑定のための解剖を妨げるものではない。
なお、死体解剖保存法は、「解剖」について一定の基準を設けている。即ち、死体の解剖に関し相当の学識技能を有する医師、歯科医師その他の者であつて、厚生労働大臣が適当と認定したものが解剖する場合等の一定の場合を除いて、原則として、解剖をしようとする地の保健所長の許可が必要としている(死体解剖保存法2条)。
死体解剖保存法第8条の内容及び解剖に関する規制内容を考えると、「検案」とは、死体の切開等を伴わない、死体の外表面の状態観察であると理解することが素直な理解であろう。
ちなみに、最高裁判所平成16年4月13日判決は、「医師法21条にいう死体の「検案」とは,医師が死因等を判定するために死体の外表を検査することをいい」と示している。
死体解剖保存法第11条は次のように定めている。
死体を解剖した者は、その死体について犯罪と関係のある異状があると認めたときは、24時間以内に、解剖をした地の警察署長に届け出なければならない。
なお、この届出義務は、「警察官が犯罪捜査の端緒を得ることを容易にするほか,場合によっては,警察官が緊急に被害の拡大防止措置を講ずるなどして社会防衛を図ることを可能にするという役割をも担った行政手続上の義務」と理解されるのであろう。また、「人の死亡を伴う重い犯罪にかかわる可能性があるものである」とも言えるのであろう(参照:最高裁判所平成16年4月13日判決)。
しかし、死体解剖保存法第11条に違反して警察署長に届出なかった場合であっても、死体解剖保存法には罰則(刑罰)が設けられていない。
つまり、死体と解剖した者が、「犯罪と関係のある異状があると認めた」場合に、例えば、敢えて警察に届出しなかったとしても、その不届出は犯罪とされるものでは無いことになると思われる。
参考 死体解剖保存法
第22条 第2条第1項、第14条又は第15条の規定に違反した者は、6月以下の懲役又は3万円以下の罰金に処する。
第23条 第9条又は第19条の規定に違反した者は、2万円以下の罰金に処する。
なお、一般に、「異状」とは「異常な状態・様子」(普通と違った状態)を示すものと理解されていると思われる(異常は、正常ではないことを意味する)。つまり、状態観察の結果を示すものと考えられる。
参照:https://www.nhk.or.jp/bunken/summary/kotoba/gimon/166.html
(その意味で、保健師助産師看護師法第41条に「助産師は、妊娠四月以上の死産児を検案して異常があると認めたときは、二十四時間以内に所轄警察署にその旨を届け出なければならない。」とあるところ、「検案」を問題としている以上は、ここでの「異常」の用法は誤りと理解すべきであろう)。
ところで、医師法第21条は次のように定めている。
医師は、死体又は妊娠4月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない。
そして、その届出違反については、50万円以下の罰金(刑罰)を設けていて届出違反を犯罪としている。
医師法
第33条の2 次の各号のいずれかに該当する者は、50万円以下の罰金に処する。
一 第6条第3項、第18条、第20条から第22条まで又は第24条の規定に違反した者
二 以下略
医師法第21条には、違反に罰則が設けられていることから厳格且つ限定的に理解されるべきであり、また死体解剖保存法との比較、異状の意味の一般的な理解から考えると、死体の外表の検査をして(検案)、即ち、その外表の検査つまり状態観察を行い、その結果、通常とは異なる状態(異状)がみられた場合に(のみ)届出義務が発生すると理解することが、自然な解釈となる考えられる。
なお、最高裁判所平成16年4月13日判決のベースとなった東京高等裁判所の判決では、外表面上の異状を認識した時点を細かく判断していて、その結果、その原審となった東京地裁の判決の認定の一部を誤りとしている。つまり、最高裁判所平成16年4月13日判決について評釈する場合には、東京地裁や東京高裁の判決の認定の違いなども知っておく必要がある。
医師法21条について意見を述べる場合は、死体解剖保存法等他の関連する法律との整合的解釈、また、最高裁判決だけをみるのでは無くそのベースとなった東京高裁判決や東京地裁判決の認定内容の理解等をふまえた上でのものであることが必要と感じている。
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